初代家元 池田逸漣

略歴

明治30年12月12日
山梨県東八代郡上曽根村八十九番戸に出生
本名喜久男 父菊次郎、母かく  家は代々名主戸長

幼時より尺八を好み甲府中学在学中より林信三師につき稽古を始める

大正6年
旧制甲府中学卒業 同年上京琴古流河本派宗家河本逸童師入門

大正10年12月12日
師範昇格 逸漣の雅号允許される
直ちに帰郷 尺八逸漣会を創立

県下に二十数カ所の支部を設置、会員の養成に専念又作曲に励む
漸時全国に支部拡大

昭和10年
日本ビクターレコード(株)に入社専属となる
作曲その他吹込みレコードは、全国、並びに海外に発売された

昭和10年
河本宗家後継と決定

昭和16年
山梨三曲連盟結成 理事長就任

昭和20年
山梨三曲連盟 会長就任

昭和23年9月1日
皇太后陛下御来県の折、逸漣作曲「緑の夢」「遍路調」と「千鳥の曲」を吹奏し、お言葉と記念品を賜る

昭和23年10月
山梨県芸術祭を企画、実施 芸術祭委員、邦楽部委員長を務める

この間 北海道、樺太、東北、北陸、中部、東海、近畿、中国、九州の各地支部を中心に演奏、講演を行う

昭和31年4月29日
第一回山日芸術文化賞受賞

昭和35年
尺八逸漣会創立四十周年記念演奏会開催

昭和38年
作曲の「春宵幻想曲」「惜春譜」がウィーン最高学会より永久保存の栄誉を受ける

昭和45年11月2日
山梨県文化功労賞受賞

昭和45年11月8日
尺八逸漣会創立五十周年記念演奏会開催

昭和48年4月29日
勲五等双光旭日章授与

昭和50年5月
尺八逸漣会創立五十五周年記念演奏会開催

昭和55年4月29日
尺八逸漣会創立六十周年記念として頌徳碑を建立、除幕式挙行

昭和58年9月
現役引退

昭和59年7月4日
初代家元池田逸漣逝去